青葉台駅から歩いて3分。榎が丘の路地に、狸の置物が置かれた白い外観の店がありました。「めん処しかた」。2003年3月に開き、2022年7月9日に19年の営業を終えています。編集部の人間は2014年から通っていました。よく頼んでいたのはあぶり正油とゆず塩、そして納豆つけ麺。最後まで行列のできる人気店でした。実際に食べたときの写真が残っていたので、味の記録として残します。
所在地は青葉区榎が丘5-5、モンターナ青葉台。青葉台駅から徒歩3分、約312mの距離です。開店は2003年3月。2022年7月9日をもって19年の営業を終えました。看板には「RAMEN and BEER」と書かれていて、ラーメンだけでなく酒を飲める店でもありました。
あぶり正油は、白濁した動物系のスープに魚介を合わせ、提供の直前に炙った背脂を浮かせる一杯です。見た目はこってりしていますが、口に入れるとすっきりしています。ゆず塩は対照的に澄んだスープ。そして納豆つけ麺が、この店を語るときに必ず出てくる一杯でした。
閉店3日前の7月6日も、昼過ぎには長い行列ができていました。創業者はラーメン店での修業歴がなく、和食の下積みから独学で店を開いた人で、その後フランスへ渡りニースで「Ikko Ramen」を営んでいます。青葉台の店は弟が引き継いでいましたが、その弟が奥さんの実家へ移ることを決めたため、閉店が決まりました。
店が無くなると、その店のことを話す機会も無くなります。「あそこ、閉店したね」で終わってしまって、何がおいしかったのか、何を頼んでいたのかは、誰の口からも出てこなくなる。青葉台の「めん処しかた」は、2022年7月9日に閉店しました。19年やっていた店です。
編集部の人間は2014年から通っていました。8年です。よく頼んでいたのは、あぶり正油とゆず塩。この2つは方向がまったく違う一杯でした。
あぶり正油は、白濁したスープに炙った背脂が浮きます。見た目は完全にこってり側で、実際に香りも強い。ところが飲むとすっきりしていて、最後まで重くなりません。動物系の厚みと魚介の風味が両方立っていて、どちらかが勝っていない。黒胡椒がしっかり振られたチャーシューには、はっきりと焦げ目がついています。
ゆず塩は逆です。スープは澄んでいて、麺は細く、刻んだ白ねぎが沈んでいる。夏に食べたくなる一杯でした。同じ店の同じ厨房から、これだけ違うものが出てくるのが、この店の面白さだったと思います。
そして納豆つけ麺です。横浜青葉チャンネルは2022年1月、Xで「青葉区で一番好きな飲食店を教えてください」と聞いたことがあります。そのとき最後にこう書き添えていました。「ちなみに中の人は、ラーメンしかたさんの納豆つけ麺が大好きです」。
この投稿の4か月後、閉店の告知が出ました。半年後には店が無くなっていたことになります。好きだと公言していた店が、その年のうちに閉じたわけです。
2022年5月9日、青葉チャンネルは閉店を知らせる投稿をしています。「しかたさんの味を最後に記憶しておきたい方、まだ食べたことないけど気になった方、7月9日までに一度足を運んでみてください」。閉店の2か月前でした。
7月6日、閉店の3日前に店の前を撮っています。開店前の時間で、まだ人はいません。白い壁に黒い格子。「RAMEN and BEER MENDOKORO SHIKATA」と手書きされた黒板。玄関の左には狸の置物が座っていて、右にはカンナの黄色い花が咲いています。この日、昼過ぎには長い行列ができていました。最後まで人気店でした。
閉店の理由は、経営が続かなかったからではありませんでした。この店の創業者は、ラーメン店で修業した人ではなく、和食の下積みを経て独学で店を開いた人です。その後フランスへ渡り、いまはニースで「Ikko Ramen」という店をやっています。青葉台の店は弟が引き継いでいたのですが、その弟が奥さんの実家へ移ることを決めた。それで19年の営業に区切りがついたということです。
店が閉じる理由は、たいてい外からは見えません。売れなかったから閉じたと決めつけられることも多い。この店は違いました。閉店の直前に行列ができる店が、家族の事情で閉じたのです。
19年やると、店は街の一部になります。「青葉台のラーメン屋」と言えば通じる存在になり、その店に行くことが生活の一部になる人が出てくる。8年通った人間がひとりいる、というのはそういうことです。そして街の一部になったものが無くなると、街の形が少し変わります。
この記事に載せた写真は、すべて自分たちで撮ったものです。あぶり正油、ゆず塩、納豆つけ麺、そして閉店直前の外観。もう食べられない一杯ですが、こういう形で残っていれば、話をするきっかけにはなります。
この店の思い出がある方は、ぜひお問い合わせフォームから教えてください。何を頼んでいたか、いつ頃通っていたか、それだけでも構いません。この記事に追記していきます。閉店した店の記録は、書いた人間ひとりの記憶では薄いままです。何人分か集まって、はじめて街の記憶になります。