2026年の夏、市が尾駅から歩いて15分の県立高校が、神奈川の高校野球で8強に残りました。参加172校。ノーシードから5つ勝ち上がり、第2シードの相洋と第3シードの川和を倒しています。創部53年目で初めてのベスト8でした。準々決勝の相手は横浜高校。そのまま甲子園まで行った学校です。市ケ尾は4対11で敗れましたが、その夏に何が起きていたのかを、記録として残しておきます。
神奈川は全国でも屈指の激戦区です。2026年夏の参加は172校。市ケ尾はシード権を持たないノーシードで、初戦から勝ち上がって準々決勝に届きました。ベスト8に残った8校のうち、ノーシードから勝ち上がったのは市ケ尾だけ。公立校としても唯一でした。
2回戦の相手は第2シードの相洋。その相洋は春の県大会で東海大相模を破っていた学校です。エース大塚遼投手が156球を投げ切って6対5で勝利しました。5回戦では第3シードの川和を3対1。まぐれで上がったわけではないことが、対戦相手を見ると分かります。
2021年ごろから、市ケ尾は外部指導者を導入しています。投手育成に長けたコーチ、打撃強化のコーチ、トレーナー、采配や戦略を見るコンサルタント。監督が一人で全部を見るのではなく、専門分野ごとに人を入れて任せる体制です。私学の強豪が当然のように持っている環境を、県立高校が用意していました。
準々決勝の相手・横浜高校は145キロ以上を投げる投手が何人もいます。その投手陣から市ケ尾は8安打を放ち、4点を取りました。日頃から145キロ以上の球を打つ練習を積んでいたそうです。負けた試合ですが、打線がどこまで仕上がっていたかはこの数字に出ています。
市が尾駅から鶴見川を渡って坂を上がると、県立市ケ尾高校があります。徒歩15分。1974年にできた普通科の高校で、青葉公会堂や区役所と同じ、市が尾の生活圏のなかにある学校です。
その野球部が2026年の夏、神奈川大会でベスト8に入りました。創部53年目で初めてのことです。
神奈川の高校野球がどれだけ厳しいかは、参加校数を見ると分かります。2026年夏は172校。横浜、東海大相模、桐光学園、慶應義塾といった全国区の私学がこの1枠を争います。県内の公立校がベスト8に残るのは、それだけで珍しいことです。
市ケ尾はシード校ではありませんでした。ノーシードなので、初戦から勝ち続けるしかない位置です。ベスト8に残った8校のうち、ノーシードから上がってきたのは市ケ尾だけでした。
初戦の関東学院六浦戦は、序盤に3点を先に取られています。それを5回に4本の短長打で返して5対3の逆転勝ち。8回にはリリーフの中山優太朗投手が自己最速タイの145キロを3度も計測して、最後の打者を128キロのスライダーで抑えました。中山投手は入部したときの球速が116キロ、体重が60キロだったそうです。3年間で体重を20キロ増やし、慶大の投手のSNSを参考にトレーニングと食事を組み替えて145キロまで来ています。
2回戦の相手が第2シードの相洋でした。相洋は春の県大会で東海大相模を破っている学校です。ここでエースの大塚遼投手が156球を投げ切りました。4回と5回に3点を失って同点に追いつかれ、9回裏には満塁のピンチで1点差。一打サヨナラの場面から、内角へ強い直球を投げ込んで三振を奪い、最後はショートゴロで試合を終えています。大塚投手は最速144キロの右腕で、試合後は「156球を投げたことはないですし、こんなに苦しい試合は自分にとっても初めてでした。5失点してしまい、申し訳ない気持ちです」と話しています。勝った試合の後のコメントです。
3回戦は横浜氷取沢に8対0。4回戦の川崎工科戦は、1対1で迎えた6回に佐久間羚選手の中前適時打と溝口隆太選手の2点二塁打で一気に3点を取り、5対2で勝ちました。この試合の先発は山田想二郎投手で、6回1/3を4安打2失点。エース以外が投げて勝てるチームだったことが、6試合を通して大きかったと思います。
5回戦は第3シードの川和との公立校対決でした。大塚投手が6安打1失点で完投して3対1。3回に二死二塁のピンチがありましたが、「この打者は逆方向に距離が出ない」というデータをもとに低めへ投げてセンターフライに抑えています。準備してきたことがそのまま出た場面です。この勝利で、8強が決まりました。
準々決勝は7月21日、横浜スタジアム。相手は横浜高校です。編集部もこの試合を見に行きました。初回に4点を失い、3回までに6点。それでも4回と5回に2点ずつ返して、一時は4対6の2点差まで詰めています。最終スコアは4対11の8回コールド。横浜高校はこの大会を制して甲子園に行きました。
菅澤悠監督は2017年秋の就任でした。10年目の今年、2026年度での異動が決まっていて、この夏が最後の采配になることが大会前から決まっていました。
監督が変えたのは練習の中身です。「見栄えを良くしただけの練習から、試合のための練習になるよう物事の本質を捉えて取り組む」。公立校はグラウンドを他の部と分け合い、選手は勉強との両立もあります。時間が限られているぶん、待ち時間をなくすグループ分けとローテーション練習を入れて、スキルの習得と打撃の底上げに絞りました。夏に2年連続でベスト16、前年の秋には初のベスト16。段を一つずつ上がった先が、この夏の8強でした。
もう一つ、この10年で市ケ尾が変えたことがあります。2021年ごろから、外部の指導者を入れているのです。投手育成に長けたコーチ、打撃強化のコーチ、トレーナー、采配や戦略を見るコンサルタント。分野ごとに専門の人を入れて、それぞれに任せる形です。
これは公立校としては珍しい体制だと思います。私学の強豪には専門のスタッフがいて、それが力の差になっている。同じ形を県立高校でつくるには、外から人を呼ぶしかありません。菅澤監督がやったのは、自分が全部を教えることではなく、教えられる人を集めて配置することでした。8強の要因を一つ挙げるなら、この判断だと思います。
成果は打撃に出ました。準々決勝の横浜高校は、145キロ以上を投げる投手が何人もいるチームです。その投手陣を相手に、市ケ尾は8安打を放って4点を取っています。日頃から145キロ以上の球を打つ練習を積んでいたそうです。4対11というスコアだけを見ると力の差に見えますが、打線は通用していました。
「スター選手がいて急に強くなったわけではなく、10年間の積み重ねがあって1歩ずつ着実に力をつけたからここまでこれた。グラウンドや用具等の環境が整っていたことも、50年を超える歴史があったからこそ」。菅澤監督はそう振り返っています。当日は多くのOBが応援に駆けつけたそうです。
主将の平野遥大選手は「目標としていたベスト8を達成できて、とてもうれしく思う。仲間と最後まで全力で戦い抜き、このチームで高校最後の夏をやり切ることができた」と話しました。監督については「人として社会に出たときに困らないような、素晴らしい指導をしてくださったことに本当に感謝します」とも語っています。
もう一つ、この夏の記録に残しておきたい話があります。市ケ尾には3学年で1人だけマネジャーがいました。佐藤理咲さんという3年生です。ベイスターズのファンで、以前から「ハマスタで試合がしたい」と言っていたそうです。準々決勝の会場は横浜スタジアムでした。試合の後、佐藤さんは「試合がずっと楽しくて、ここまでやってきて良かった。ここに連れてきてくれてありがとう」と話しています。平野主将は「彼女が3年間やってきたことが報われて、本当にうれしい」と言いました。ベスト8に勝ち上がるということは、あの球場で試合ができるということでもあります。
監督は代わります。3年生は抜けます。公立校は監督が異動すると力が落ちることが多い、という話も現実にあります。
では新チームはどうか。8月の秋季地区予選は、武相・百合丘・横浜翠陵と同じブロックに入りました。初戦は百合丘に3対9で敗れ、2戦目は横浜翠陵に6対3で勝ち、最後の武相戦は1対2。武相はこのブロックを3連勝で1位通過した古豪です。市ケ尾は1勝2敗でブロック突破はできませんでした。
ただ、その武相に1点差です。夏のメンバーが抜けた直後の新チームで、ブロック1位のチームと最後まで競っている。数字は負けでも、中身は次につながるものだったと思います。
市が尾から歩いて15分の学校が横浜スタジアムに立った夏があったことは、この街の記録です。来年の夏、1年生と2年生がどこまで行くのか。青葉区で追いかける価値のあるチームだと思います。
| 日付 | 回戦 | 対戦相手 | スコア | 球場 |
|---|---|---|---|---|
| 7月7日 | 1回戦 | 関東学院六浦 | ◯ 5-3 | 横須賀スタジアム |
| 7月9日 | 2回戦 | 相洋(第2シード) | ◯ 6-5 | 相石スタジアムひらつか |
| 7月13日 | 3回戦 | 横浜氷取沢 | ◯ 8-0 | 相模原ギオンベースボールパーク |
| 7月16日 | 4回戦 | 川崎工科 | ◯ 5-2 | サーティーフォー保土ケ谷球場 |
| 7月18日 | 5回戦 | 川和(第3シード) | ◯ 3-1 | 相模原ギオンベースボールパーク |
| 7月21日 | 準々決勝 | 横浜 | ● 4-11 | 横浜スタジアム |
| 日付 | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|
| 8月15日 | 百合丘 | ● 3-9 |
| 8月16日 | 横浜翠陵 | ◯ 6-3 |
| 8月18日 | 武相(ブロック1位) | ● 1-2 |
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 計 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 市ケ尾 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 4 |
| 横浜 | 4 | 1 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | 1x | 11 |