1966年4月1日、田園都市線の溝の口〜長津田間が開業しました。いま青葉区にある駅のうち、たまプラーザ、江田、市が尾、藤が丘、青葉台、田奈の6駅はこの日に開いています。そのとき、駅の周りに「青葉台」や「藤が丘」という町はまだありませんでした。町名ができたのは、駅より後です。駅と町名ができた順番を、年表に並べてみました。
1966年4月1日、たまプラーザ、江田、市が尾、藤が丘、青葉台、田奈の6駅が同時に開業しました。当時は港北区で、1969年からは緑区、1994年に青葉区。駅は同じ場所のまま、区が2回変わっています。
青葉台駅の開業は1966年4月、町名の青葉台は1967年5月。藤が丘も駅が先で、町名は同じ年の11月です。駅の名前が、のちに町の名前になりました。
あざみ野は1976年に町名ができ、駅は翌1977年。区内の主な駅で、町名が駅より先にできたのはあざみ野だけです。
1966年4月1日、東急田園都市線の溝の口〜長津田間が開業しました。それまでの田園都市線は、大井町から溝の口までの路線でした(1963年に大井町線から名前を変えたばかりでした)。この日、溝の口から一気に長津田まで線路がのびています。
いまの青葉区にある駅のうち、たまプラーザ、江田、市が尾、藤が丘、青葉台、田奈の6駅がこの日に開きました。区内の駅のほとんどが、同じ日に生まれたことになります。
そのころ、このあたりは「横浜市港北区」でした。駅の開業で沿線の人口が急に増え、3年後の1969年10月1日、港北区の西部が分かれて「緑区」になります。いまの青葉区の駅はすべて、ここから25年間は緑区の駅でした。青葉区ができるのは1994年11月6日。港北区と緑区が組み直されて、青葉区と都筑区が生まれました。
開業の日、青葉台駅の周りに「青葉台」という町はありませんでした。あったのは「港北区恩田町」です。
町名の青葉台ができたのは、翌年の1967年5月5日。恩田町の一部が、土地区画整理に合わせて新しく「港北区青葉台」になりました。駅の名前が、あとから町の名前になったわけです。その2年後には区が変わって「緑区青葉台」に、1994年に「青葉区青葉台」になっています。同じ場所に住んでいても、住所は3回変わったことになります。
藤が丘も同じです。駅の開業が1966年4月、町名の藤が丘ができたのは同じ年の11月6日。もとは下谷本町や恩田町などの一部でした。
美しが丘は1969年、桜台やしらとり台は1967年。たまプラーザ駅の周りの美しが丘も、駅より3年遅れて町名ができています。線路が先にのびて、その周りに町が区切られ、名前が付いていきました。
並べてみると、順番が逆のものが2つありました。
ひとつは、つつじが丘です。町名ができたのは1964年3月31日で、駅の開業より2年早い。恩田町の一部が、田園都市線の開業を待たずに区画整理を終えていました。
もうひとつは、あざみ野です。町名は1976年1月15日、駅の開業は1977年5月25日。地名の記事で書いたとおり、「あざみ野」は地元の要望で付いた町名で、駅はその町名をそのまま名乗っています。区内の主な駅で、町名が駅より先にあったのは、あざみ野だけです。
線路ができてから人が来た、と思われがちですが、実際は少し違います。
多摩田園都市の開発をまとめた記録によると、1966年の開業の時点で、川崎市側も含めた沿線の人口はすでに約4万7千人に達していました。駅ができる前は、路線バスで東横線や横浜線、小田急線の駅まで出ていたとされています。
開業と同時に、初期の区画整理が相次いで終わり、入居が本格的に始まります。青葉区の人口は、区ができた翌年の1995年の国勢調査で約24万9千人、2015年には約31万人になっています。
1969年に緑区が分かれたのも、田園都市線の開通で沿線の人口が急に増え、行政の不均衡を解消する必要が出たためだと、港北区の歴史をまとめた資料に記されています。1939年に港北区ができたときの人口は5万人あまり。それが30年で、区を分けなければならないほど増えていました。線路が、区の形まで変えたことになります。
最後に、いまの数字を見てみます。
区内で乗降人員がいちばん多いのは、あざみ野駅の1日12万498人です。開業は1977年で、6駅より11年遅れた「あとから来た駅」でした。1993年に横浜市営地下鉄ブルーラインがここまで延び、乗り換え駅になったことが大きいと考えられます。
2番目は青葉台駅の10万99人、3番目がたまプラーザ駅の8万825人。いちばん少ないのは、2000年にこどもの国線の通勤線化に合わせて開業した恩田駅で、1日1,012人です。
60年前の4月1日に開いた6駅に、あとから3駅が加わって、いまの青葉区の駅になっています。
開業60周年を記念して、11月27日(金)に青葉公会堂で講演会「鉄道からみた横浜市北部の発展の歴史」が開かれます。主催は「青葉のあゆみ 歴史の会」。参加費600円、定員80人で、申し込みは10月31日までです。詳しくは記事下のリンクからどうぞ。
| 駅 | 開業 | 乗降人員 |
|---|---|---|
| たまプラーザ | 1966年4月1日 | 80,825人 |
| 江田 | 1966年4月1日 | 32,331人 |
| 市が尾 | 1966年4月1日 | 39,425人 |
| 藤が丘 | 1966年4月1日 | 25,968人 |
| 青葉台 | 1966年4月1日 | 100,099人 |
| 田奈 | 1966年4月1日 | 9,652人 |
| こどもの国(こどもの国線) | 1967年4月28日 | 10,326人 |
| あざみ野 | 1977年5月25日 | 120,498人 |
| 恩田(こどもの国線) | 2000年3月29日 | 1,012人 |
| 町名 | できた日 | もとの地名(その一部) |
|---|---|---|
| つつじが丘 | 1964年3月31日 | 恩田町 |
| 1966年4月1日 田園都市線 溝の口〜長津田間 開業 | ||
| 藤が丘 | 1966年11月6日 | 下谷本町・上谷本町・西八朔町・北八朔町・恩田町 |
| 梅が丘 | 1966年11月6日 | 西八朔町・北八朔町 |
| 青葉台 | 1967年5月5日 | 恩田町 |
| 桜台 | 1967年5月5日 | 恩田町・成合町 |
| しらとり台 | 1967年11月16日 | 恩田町 |
| 美しが丘 | 1969年1月15日 | 元石川町 |
| みたけ台 | 1975年9月28日 | 上谷本町 |
| あざみ野 | 1976年1月15日 | 元石川町・大場町・美しが丘 |
| 1977年5月25日 あざみ野駅 開業 | ||
| 荏田北 | 1978年4月29日 | 荏田町 |
| 新石川 | 1979年2月18日 | 元石川町 |